
本日、お祝いの言葉をいただきまして、ありがとう御座います。
生まれた朝、母はひとりでした。わたしはいきなりその母の支えになりました。もちろん父はいましたが仕事一筋というか昔気質なヒトで家庭をかえりみる時期にありませんでした。働き者とはいえ母とっては心もとない初産だったに違いありません。
いちばん遠い過去の記憶は、はじめて歩いたときの断片があります。応接間のステレオから音楽が鳴っていてスピーカーに触りに行こうとしたことです。
ステレオはビクターで、スピーカーに犬のエンブレムが付いていましたっけ、なかで音楽が聞こえてくるのを魔法のように感じました。
それからずっとスピーカーの前で日々踊っていたようです。これは今もかわらないか…
音楽はアナログレコードを両親のコレクションから聴いていたので童謡などはありませんでした。ひとまわり上にいとこがいて近所に住んでいたため、彼等が洋楽をレコードを持ってきてはかけていたのも覚えています。
とにかく毎日レコードがかかっていました。
そのせいで、いまだに何か勉強や仕事をするときは音楽を流して集中していくのです。決心したり、なぐさめたり、無になるときに音楽を流してそこに入っていきました。
音はカラダを駆け巡り、血を回します。音は耳という内面に染みわたり心を造ります。
恋をすると音楽が聞こえてくるという友人に、その曲をまた結婚式で流してあげたり、いまも歩き出したあの時と似てわたしは音楽で繋がれたヒトとの時間がこのうえなく愛おしいのです。
今日ある命に感謝します。そしてこの世界にあるすべての命にもありがたく手を合わせます。