
写真がいい。
絵を見ればアートだという発想より、写真だと思う。
写真は映画の一瞬であり、新聞の一行に代わり、美人の名刺として、また、ファッションの方向を決めてきた芸術的な価値がある。
ただそこにある何かを写すのがそんなにタイソウなものか、と写真の価値をなかなか見いだせないヒトたちも、
この写真集に向かってそれはないと涙を拭う。
それは誰も写っていない写真だ。
いえ、正確にはそこに居たヒトが戦いに借り出され、命を落とし、帰れなかった家を写している。
会ったことのないその誰かを、この写真は親しい家族のように、無二の親友のごとく抱く。
しかし、抱きしめたいヒトがもう居ない。
抱かれた肩の感触だけを頼りに、残された者が待つ家。
戦争は国のため、愛するヒトを守るため、と叫ぶけれど。
いつも誰も幸せになれないではないか。
勝った国にも、負けた国にも、命を落としたヒトがいる。
毎年日本の終戦に、どこで手を合わせるかが問題になるニュース。伝えて欲しいのはそこではない。
忘れてはならない真実は、この写真に詰まっている。
雄弁な平和指導者より、たった一枚の写真が、愛が愛ではなくなるもろさを憂う。
おとこ達よ、もう争いに関わらないでと、おんなは涙している。母、妻、姉妹、師、おんなともだち、、、にとって、いえ、性別はもとより帰ってはこない魂を、部屋を整えてそのままに待つことに、残された悲しみの光が差している。
フォトグラファー清水尚(STIJL)








